めぐろぐ

飛行機は初代塗装の日航DC-8が好きです。ちなみに飛行機の話題はゼロです。日常生活の雑多なことを記載していきます。

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徳島県のツーウェイ製タブレット故障問題に思うこと

新しくandroidタブレットを導入する検討をしている矢先に、徳島の学校で授業用に導入したタブレットがバッテリーが膨張して使い物にならなくなったというニュースが報じられた。問題の端末は中国のCHUWI(ツーウェイ)社製のタブレットで、2020年に導入してから翌年にバッテリーが膨張して使えなくなる事案が発生し、その後全体の約2割が使えなくなっているという。

中国企業の製造するタブレットLENOVOやXiaomiやOPPOなどのある程度名前が知られたメーカーのものか、一般の家電量販店などで置かれるレベルではないがAmazonではそこそこ知名度がある、値段が安い割には性能が良いとか、性能は抑え気味だが値段が安いものを販売しているメーカー、Amazonで売っているが無名の会社などがある。CHUWIはそういった企業の中では、値段が安いがカタログ上の性能は高い製品を売っている会社であり、似たような形の製品が他社の名前で売っているあたりOEMも手広く手掛けているような企業であり、決して得体のしれない企業ではない。ひところ私がWindowsタブレットの置き換えを検討した時に、CHUWIのminibook xやSurface風のタブレット(今回問題を起こしている端末の後継)は候補の一つに上がった。そこまでスペックは優れていないが値ごろだったり、minibookはスマートフォンのようなディスプレイ上にパンチホールで付けられたカメラのあるUMPCだったり、結構攻めた斬新なものを作っていてあまり悪い印象は抱いていなかった。

ネットを見ていると、安物買いの銭失いだとか、バッタモノだとか書かれている。中国企業の製品だからと言って批判するのは、日本で出回っているPCの部品の国産率はそこまで高くないので的外れに思う。もう少し冷静にニュースの内容を見るべきである。

ふつうは中華タブレットは安さメインで買われていって、さして有名な会社の製品でもないので一時的に開封レビューのようなものはネットで発信されても、その後の長期的な使用レポートはまず表に出てこない。性能が使えなくて使用をやめたり、それこそEGBOK P803のように1年くらいでバッテリーが膨張して使えなくなったり、新しい安い製品を使うようになったりして短期で使われなくなることが多いからだ。

ところが、今回の場合は学校への大量調達、学年をまたいだ長期使用、授業という概ねの使用条件・使用時間が推測がつく使われ方をしている。夏季に冷房がない教室での使用で、落下・衝撃や粉塵や水滴など不測の故障要因もありうる学校という場でも、3年間で2割脱落という故障率は「売上重視で、売り切ったらろくにサポートしない」スタイルが多い中華タブレットとしては優秀に思える。この問題を報じているニュースを見ていると、猛暑でバッテリーの異常が生じたという書き方をしているあたり、冷房のない環境でバッテリー搭載の電子機器を使うことにそもそも無理があることを忘れている。そんなところで使用していたら、スマートフォンだって普通に加熱する。

正直、徳島県タブレットは特に製品は問題なく、経年劣化と過酷な使用で一部が脱落したという見方が正しいのではないだろうか。学校は対策としてタブレットを使わないで普通の授業をすればよい。そもそも、学校へのタブレット導入は機材の導入ありきで進んだ話であって、学校教育でプログラミングや電子教材の重要度が増したり、それがないと教育ができない社会になったわけではない。私が高校に通っていた頃よりもプログラミングを教える教員が増えたとか、そういった教科ができて履修や入試で必須になったという話も聞かない。

佐賀県タブレットの時も、同じようなことを書いたように思う。その県の教育レベルがタブレット導入で一気に向上したとは到底言えない。それで何か大きな変化があるのであれば、それは関係者の口から喜びの形で出るはずである。徳島の県知事も教育委員会のトップも記者会見でこれまでのタブレット教育で得られたメリットを強調するだろうし、端末が使用できないことによる機会逸失を悔いるコメントをするはずなのである。ところがそれがなくて、単に使用できないことの陳謝にとどまっている。役所仕事として調達した製品が動いているという帳簿上名目上の体裁が破綻しているから困っているのであって、普通の授業をすれば教育に関しては何ら影響が無いのである。要するに、学校という旧態依然とした組織の中で、なんとなく導入しただけなのである。

高校までの授業内容は、高等教育に進むにあたって、あるいは就職するにあたって、知っていて当然と目されていることである。それはタブレットの画面に流れる膨大な情報をなんとなく眺めて終わらせるのではなく、手元の参考書なり教科書なりの限られた内容でよいから、その内容を身に着けて自分の言葉で説明できるようになることのほうがよほど有益である。その方法、従来の学習手法は地味かもしれないが、元々教育レベルの高い学校はそれを地道に行っている。その地道な取り組みができないから、タブレットを導入して派手な画面を見せて何かした気にさせて誤魔化しているのである。元からまともな教育をしている自信があるならば、正常に機能している教育手法を変えてまで新たにタブレット導入をする必要はない。むしろ、普通の授業で手一杯なところに余計な負担が増えるだけである。

だから、徳島の生徒はタブレットが使えないことではなく、従来の地道な教育が麻痺していることに不満を持つべきである。そして、ニュースをみてCHUWI(ツーウェイ)やそれを納入した業者がけしからんではなく、学校ですべきことはタブレットを眺めることかとか、機材の故障率は一般的にどの程度かなど冷静に考えなければ、派手な画面に目を奪われて思考停止して学習したつもりになっている生徒と大差ないのである。