めぐろぐ

飛行機は初代塗装の日航DC-8が好きです。ちなみに飛行機の話題はゼロです。日常生活の雑多なことを記載していきます。

ADs

学歴社会は終わった!学歴は不要!なんて全然嘘

日本はまじめに頑張ることを尊重する社会かと思いきや、勉強して社会に対して何ら迷惑となるような悪事を働かないようなまじめな人たちを軽んじて馬鹿にして、勉強せず社会に対して損害を与えてばかりのチンピラを本当はいい人物だと必死でかばうような社会である。

そんな日本で幅を利かせている主張に、学歴は不要というものがある。昔からそういった主張をする手合いはいたが、昨今の不景気や非正規労働者の現況に乗じて、大学進学をしても無駄とか、学歴社会は終わったとか、そういった主張をする連中が増えている。もちろん、主張している者はきっちり有名大学を出ていて、その主張に共感したものに高価な情報商材を売りつけるというオチがついている。

ある社会派ブロガーは大学進学しても報われないとして社会構造のピラミッドを図示している。低学歴で単純労働をしていた層が、今は大学進学者に含まれるようになっているから、大学に行っても報われない層が出てくると主張している。それに対して欧米は社会構造がモノ作りから脱却していて高度人材ばかりになっているので大学進学すると報われる社会なのだといわんばかりである。

実際のところ、大学進学しても報われないのではなく、大学進学が最低要件になっただけなのではないか。かつて低学歴の受け皿だった単純労働や高卒程度で就労できた事務員の仕事でも、企業が法律を守って丁重に扱いながら未成年を雇用するコストやリスクが大きくなっていることや、不実告知の禁止など業務上求められている最低限の知識が高度化してくると一定の理解のための前提知識のある者が必要とされてくるので、そういった単純労働層でも一定の学識が求められるようになるのに過ぎない。

大学に行くのは損だという言葉の実際は、通った者こそ実感できることである。通わないのに決めつけるのは早計である。何より、高校卒業者よりも大卒以上は基本給が違い、大学4年分先に働いた差額程度はその後すぐに大卒者に稼がれてみるみる所得に差が出てくるし、昇進条件も異なる。

社会人大学制度や夜間学校制度があるのは、社会に出てから大学教育の必要性を実感する層がいるからであって、不要であればそのような門戸を開放する必要性は乏しい。何となく大学に進学する層や訳も分からず否定している層よりも、教育に対する強く切実な望みがあるからこそ、そういった制度が維持されている。