めぐろぐ

飛行機は初代塗装の日航DC-8が好きです。ちなみに飛行機の話題はゼロです。日常生活の雑多なことを記載していきます。

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医学部地域枠入試の不正問題に思う

「何でもする」と懇願しておいて、それにありつくことが確定すると手のひらを返して約束を破り、手に入れるものだけ手に入れて応分の負担や義務や返しをしないで逃げて回るという裏切り行為を平然と働く者がいる。

何のことを言っているのかとハッキリ言ってしまうと、医学部の地域枠入試のことである。全国に約80の医学部医学科を擁する大学があり、毎年医師国家試験で8000人から9000人の医師が誕生する。医学部卒後に医師国家試験合格して初めて医師の立場になるのだが、その人材の奪い合いが青田買いのように大学入学時から始まっている。

地域医療の担い手が減少している一方、昔に比べれば一県に1か所は医学部を擁する大学が設置される体制になって40年近く経つ。その一方で、医学部進学者の多くが都市部の進学実績のある高校出身者に偏っていて、成績が悪いから地方の医学部に進学しただけで卒業後は出身地や都市部に戻ってしまい地域内に留まらない実情があることから、地域に義務年限の間は留まらせる制度がいくつかある。地域枠入試はその一つである。

一定の義務年限のあいだは地域内の医療機関で働かせるという手法は昔からあった。栃木県にある自治医科大学がそうであり、大学は各都道府県から拠出される資金で運営されている。自治医科大学の入学者は各県の予算に応じて入学枠が県単位で決まっていて、各県1-2名である。だから大学自体は創立50年ほど経ち相応に卒業生を輩出しているが、県単位での人数はたかがしれていて地域医療の人員の足しにならない。そして、その合格人数ゆえに自治医科大学は自ずと狭き門になり、県内最上位クラスの者が入学することとなる。入試は出身高校の県単位で行われるから、例えば鹿児島県のカタカナの高校とか兵庫県の一文字の高校とか合格者はその県の上位校出身者が多くなる。有名な私立の学校だと他県から受験して越境進学することも多く、年限が終わると出身地に戻ってしまう。そうでなくても、県の代表だけあって相応の能力があるので学位取得などで地域医療からは離脱してしまう。

自治医科大学だけでは人員が増えないので、今度はあちこちの県や自治体が奨学金を支給して受給期間の1.5倍の義務年限に地域医療に拘束するシステムを導入するようになった。これは返済を巡って各地でトラブルになっている。地方の病院で勤務すると都市部よりは報酬が多くなるので、その分を蓄えて繰り上げで奨学金返済をしようとしてもできなかったり、そのシステムから離脱すると何年間かきちんと地域医療に従事していてもその分を斟酌されず全額返済を迫られるためである。

それから地域枠入試である。地域枠入試が自治医科大学自治体の奨学金制度と異なる点は、自治医科大学は入試難易度が高く自治体の奨学金制度は合格者が対象であるが、地域枠入試の場合は大学受験生が対象となる点にある。自治医科大学奨学金同様に在学期間の1.5倍に相当する大体9年くらいの義務年限を設けてこれも地域医療に拘束するかわりに、入試での学力要件が優遇されている。

地域枠入試の背景には、医学部入試が都市部の進学校出身者中心に合格枠を取り合う過当競争になっている現状があげられることはさきほど触れた。そして、その影響は卒後も出ている。卒後の研修医の進路を調査したデータでは大学卒業後から研修終了後にかけて若手医師の半数以上が関東・中部・関西に行ってしまうという実情がある。そこで、地域内の学校で地域医療に取り組む強い意思があるが過当競争するには力があと少し及ばない優秀な生徒を見出して入学させ地域医療に貢献させるという名目で導入された。

ただ、医学部地域枠入試の理念については懐疑的な見方を私はしていた。

医学部頭いいから大体何とかなる理論というやつであり、本当に意思が強くて優秀だったら一般入試で合格するのである。一般入試ならば、入学を優遇したと一生恩着せがましいことを言われながら地域に何年も拘束される必要なく、行きたい地域でしたいことを自由にできる。症例数や将来的な人口減少と地域自治体の衰退も併せて考えると、実際にその地域に居住している間に未来がない土地だという判断をするのは分からなくない。そもそも、肝心の地域住民の子弟が雇用が貧弱な地元にとどまらず他地域に流出しているのだから、この土地終わってるという感覚は正しい。そんな中で、自治体から自由を奪う約束付きの資金を借り入れる必要はなく、進学先で普通の奨学金を受給してもよいし、学費免除申請をしてもよいのである。

もう一つは、結局入学要件を緩めても最低ラインはかなり高いのである。地域枠入試で都市部と地方の教育格差を埋めようにも医学部受験に必要な科目が履修できていなければ入試の段階に進めないので、地方の中でも中心機能に近い地域の代表校の生徒しか地域枠入試は受験できない。職業高校や就職前提の学校向けのカリキュラムでは、理数系教科などで未履修とみなされて受験資格がそもそも無いのである。地域内の代表的な高校は大学教育につなげるための理数系科目をきちんと履修しているので、受験に際しては問題ない。ところが、大抵そういった大学進学の要件を満たしている学校からは伝統的に有名大学へコンスタントに進学しているので、地域枠入試にこだわる必要がない。地域枠入試が全てで他の手段はないと思いつめ、すがりつく必要はない。結局、この地域枠入試制度には、教育格差のなかでは上位だが医学部受験層としては厳しい層がすがりつく。それすら受験に適さない層は難易度ランキング下位の私大医学部やハンガリー医学部などに流れていく。

こうしてガチ受験で正々堂々勝負せず、クソ田舎勤務をするという条件で入学要件を緩めてもらったのに、卒業後に医師免許を取得すると約束を反故にして区域外に逃亡する事例が相次いでいて問題になっている。ペナルティも無いようで、最近までは逃げた者勝ちになっていた。ようやく国の制度として行っている研修医制度で給与が出ないようにしたり、それを警戒して採用側の病院で地域枠入試だったか否かをチェックするようになったようだが、それでも受け入れ先がペナルティ覚悟で擁護に回ったらそれ以上何もできないようになっている。しまいには、医師労組を動員して地域枠制度が人権侵害だと地域勤務縛りをやめさせようと画策する動きまであるのだから呆れる。

クソ田舎勤務が嫌ならば、初めから一般入試で正々堂々受験して合格して入学すればよかったし、同じような立場で自治医科大学に入学したり自治体に限らず民医連などの就職前提での奨学金を受給している学生は全国にたくさんいるのだから、判断材料がない若者を騙して勤務を押し付けている人権侵害であるがごとき言説は通用しない。その制度を利用したのだから約束は守らなければならないのである。そして、地域枠入試制度は国公立大学で主に行われ、受け入れに際しての予算では自治体が関与している公共事業なのであるから、公的な性質に即して約束違反があった場合の厳しい公的懲罰を導入しなければならない。調達の出入り業者ならば指名停止や出入り禁止もある。

ペナルティとして簡単にできるのは退学処分である。医師国家試験は医学部医学科のカリキュラムを終了して卒業要件を満たさなければ受験できないので、在学中は有効な手段である。これが医師国家試験合格後になると大学側の拘束力がなくなるのでペナルティが課しにくくなり、それをいいことに嘘つきが逃亡しているわけだが、そのあとにもいくつかハードルがある。臨床研修修了証が交付されなければ医療者としては診療所の責任者などには一生就くことができない。保険医登録ができないようにすれば日本の医療のほとんどは保険診療なので、医療行為は自由診療しかできなくなる。臨床研修修了証と保険医登録票が無ければ実質日本国内で診療に従事できなくなる。だから、卒後に逃亡した場合でもペナルティを課すことは可能である。

正直、何割かは逃亡する側の気持ちはわからなくない。地元の若者ですらも逃げ出すような、人を大切にしないし余所者の意見を軽んじた末に衰退したクソ田舎の尻拭いのために若い時期ややる気のある時期を犠牲にしなければならないからである。ただ、医学部入学や医師の立場を手に入れたのは悪魔との取引に応じたおかげなのだから、やはり約束通り魂を悪魔に手渡すことこそが筋であるし、ずるをしていい思いをした報いに人生の収支を合わせる行為なのである。